やまだのーと。

山田の感じたこと、知ったこと、気付いたことのメモ書き。

熊本地震からもうすぐ5カ月。いまの熊本ってどんな感じ?

どうも、山田です。

私の住む熊本は4月に大きな地震がありました。

引越しやなんやらで大忙しでしたが、5カ月が経ち、だいぶ落ち着いたように思います。

もう5カ月も経ったの?というのが正直な印象です。

震災直後の数日間は、濃密でありながら、時間の経過がゆっくりとしていた気がします。

その反動のように、今はものすごく早く時間が流れています。

すでに、県外の方から「熊本地震の事を話して欲しい」と言われることもほとんどなくなりました。

それは、メディアによって、あの時何が起きていたのか、丸裸にされてしまったから。

そして、熊本に住む人間でさえもう新しい情報なんてないかのように思っています。

しかし、そうではないんです。そうではないんですよ。

多分、これからどうなるのか、非常にわかりにくいんです。

今何が起こっているのか、非常にわかりにくいんです。

落ち着いてきたし、(少くとも私の住む熊本市内では)日常が戻っているので、

もう熊本地震は”終わったこと”と思っている地元民も多いと思います。

そう思っていたら先日、震度5弱の余震があったりしましたが。

それでも「もう忘れたい」ムードが大きくて、私はどこか気持ち悪ささえ覚えます。

 

本当に熊本地震は終わったのか。

熊本地震を話題にすることも減ってきましたが、

日常の中ではもう地震の話は飽きた!と言わんばかりの勢いです。

しかし、何かと「復興」を掲げてイベントや企画の立ち上げは多い気がします。

確かに、未だに郊外の大型商業施設は復旧できていませんし、

熊本市内のシネコンは全滅していて、私も今話題の「君の名は。」を見れていません。

すごく見たいんですけど、車を持っていない私は中々見に行けないんですよ。

これだから車社会の糞田舎は。

実際、熊本市内から外に出て、震源地の益城町や、その周辺の嘉島町、御船町。

土砂崩れのあった、南阿蘇村や西原村に行くと決して震災が終わっていないことを実感できます。

決して、決して、熊本地震は終わってはいないんです。

日常に戻りたいあまり、日常を演じている、そんなハリボテの復旧復興が続いているような気がしてなりません。

震災後、インフラが復旧し、仕事もいつもどおりに再開して、

ずっと、そんな違和感に苛まれています。

 

 

この状況に慣れすぎているのではないか。

道を歩いていると、道路は未だにひび割れていますし、

微妙に向きがずれていて見難い信号機があったり、

足場の組まれた工事中の建物やブルーシートはどこに行っても見かけます。

通行止めも残っていますし、うちの近所の熊本城も崩壊しかけています。

どう考えてもみんなそれに慣れすぎなんですよ。

おかしいでしょう。感覚狂ってますって、絶対。

まっすぐに舗装された道路とか、綺麗な建物が並ぶ住宅街とか、

そういうのが当たり前で普通の光景だったはずなのに、

みんな馴染んで茹で蛙になっちゃうんじゃないかと思うほど。

被災者きどって復興だ!頑張ろう!って逆境に立ち向かうんだ!

とちょっとミュンヒハウゼンしちゃってるんじゃないでしょうか。

大体その復興の為に◯◯やりますって言うの震災前は地方創生の為にとかいっt

 

 

実際はやっぱり被害大きいし仕方ない。

 実際、あれだけの地震ですし、被害大きいんです。

地域の経済情報誌の記者という立場上、あちこち回って色々話を聞きますが、

記事に出来ないくらい、えげつない現状ってたくさんあります。

「書かないで欲しいんだけど、実はね…」ととんでもないこと言われたりします。

だからこそ、そういう真実って表に中々出ないんです。

ひとつひとつは大したこと無くても、繋がると「これやばくね?」ってなることがあります。

もともと地方都市の経済は右肩下がりでしたから、そりゃ拍車かかりますよね。

かと言って夢も希望ないほど絶望に打ちひしがれているかって言ったらそうでもない。

私が熊本地震に持っている印象は、

希望を持つには足りなさ過ぎるし、
絶望するには満ち足りている。

そんな中途半端な被害だなと、常々思っています。

でも、だからこそ、しっかり地に足つけて頑張っていかねばならんなあと思います。

できるしこ、やれるしこ。のんびりきおわず、ゆっくりと。

それでも、しっかり、前を見て。

そんな感じでやっていきましょう。