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やまだのーと。

山田の感じたこと、知ったこと、気付いたことのメモ書き。

「はたらくこと」を就活生は楽しんで考えなきゃいけないよ

私は就活生と触れ合う機会が、おそらく他の社会人より多い気がします。

別に採用を担当しているわけでも、大学に勤めているわけでもないのですが、就職活動、とりわけ「はたらく」ということに対して、人よりほんの少しだけ関心が強く、プライベートの時間で学生と話すことが多いんです。

それと、大学生と普段から話していると、自分も学生の頃の若々しい気持ちに戻れる気がするので、少し趣味の要素もあります。

 

今、大学生の新卒における就職・採用市場は売り手市場だと言われています。従来より続く人手不足に少子化の影響も出て、企業の採用意欲が高まっています。特に地方では、首都圏や大都市に就職する若者が多く、人口流出が加速しています。

私の住む熊本を見ると、企業の出す求人数と学生の数は、まだ学生の方が多い気がします。ただ、企業が「採用したい」と思える学生が少ないんですね。だから、内定を複数獲得する学生もいれば、就職が決まらないまま大学を卒業してしまう学生も少なからずいます。

 

そもそも、私は採用市場という言葉があまり好きではありませんし、新卒一括採用もどうかと思うのです。

 

人の就職は、決して商品ではなく、その本人の固有のものであるべきで、過剰に第三者が介入すべきものではないのです。

 

学生と話すと「何をしたいのか分からない」「やりたいことができる企業が地元にはない」という声をよく聞きます。私も学生時代はそうでした。特に目的も無く、推薦枠が空いていたので受験勉強もせずに進学した大学で、目の前の楽しそうなことだけを追いかけて過ごしていましたので、将来ははるか遠くにあるようなイメージを持っていました。結局焦って4年生の3月に滑り込みのように就職して、1カ月で退職してしまいました。その話はまた別としても、結局当時の私も「やりたいこと」が何なのかわかりませんでした。

今の就職活動は、合同説明会やナビサイトで、「こんな仕事がありますよ、さあ選んで下さい」とカタログを広げられているようなものです。カタログをぺらぺらとめくり、品定めしていく、まるでその中からしか選べないように、社会全体で大きな枠組みを作り、学生に強要しているのです。そして、それがさも当然のような雰囲気で、学生たちは就職活動を始めます。

 

私は彼らに、自分の未来はそのカタログの中にしかないだなんて、思ってほしくないんです。

 

そんな思いを学生に伝えた時、返ってきた言葉が、

「でも、だからと言って、それ以外にどうやって就職先を探せば良いんですか」

いつもであれば「そんなのいくらでも方法はあるだろおおお!!!」と、ヒアリングしつつ、ひとつひとつノウハウを教えるところなのですが、問題は学生が無知なことではなく、そうなってしまう環境にあると思いました。

 

学生にはきっと誰かの「仕事観」に触れる機会がないんだ。そう思いました。

どんな人が、どんな気持ちで、どんな仕事をしているのか。お手本となるようなそんな思いに直接ふれたことがないんです。だから、自分自身の仕事に対する考えが持てず、それを実現できる企業がどういった企業なのか見極めて、知っていく機会が失われているのではないでしょうか。

 

それは、きっと、「はたらくこと」に対する閉塞感が蔓延しているからだと思っています。

私も含めて、今の若い社会人は好景気を知りません。生まれた頃にバブルがはじけ、「みんなが頑張れば世の中がよくなる」ことを信じることができず、将来に対する不安ばかり覚えさせられてきました。

ブラック企業や過労死、ワーキングプアなどがトレンドに入り、労働時間は増え、所得は上がらず、税金や出費は増える。そんな話ばかり聞いて過ごしていると「はたらくこと」は魅力でもなく、生きていく上で避けることの出来ない苦行の一つにしか思えなくなります。

そんな中で、「さあ、なにがやりたい」って嫌がらせも良いところですよね。

 

だから、私はカタログはもういらないと思っているんです。

学生時代から、学生の立場で自分たちが面白い、楽しいと思うことで、社会に対して踏み出していける環境って必要だろうなって思います。

どんどん踏み込んでいけば、気づけば就職活動とは違うところで、仕事に結びつくものです。

本当にやりたいことがわかっていれば、就職活動なんて、たぶん、必要ない。

 

もちろん、いまの経済がどう回っているのか、企業とはなんなのか、初めて学ぶきっかけとしては就職活動もありだと思います。それに、就職活動って自分自身と向き合う機会になるので、これまでそういう機会を持てなかった人にとっては非常に良い環境だと思うんです。

大学でよくあるような自己分析講座ってそれが上手く出来ない人のためのもので、万人向けじゃないし、結局無理やり言い訳を考えてるだけになりがちです。マナー講座なんてのも、あいさつとか、身だしなみって、わざわざ大学生が就活で学ぶものでなく、周囲の大人たちが、大人になる前に教えて、自然と身につくもので、成人して初めて学ぶなんて恥じるべきで、危機感こそ覚えなければなりません。

 

もっと、素直に、自分が何をしたいのか、

何に興味があるのか、

何を楽しいと思うのか、

何が嬉しいと思うのか、

何が幸せなのか。

 

大きな声で言えるようになると、「はたらくこと」が明るくハッピーになるのにな、と思います。

新年の抱負とか

あけましておめでとうございます。

年末年始、実家に帰省すると小学6年生の姪っ子が大きくなってました。

身長が168cmあるそうです。私の周りのどの女の子より大きいんですけど、

血筋って怖い。

 

さて、2017年になりました。

昨年がどんな年だったかとか、今年がどんな年になるとかというのは色んな所で様々な意見がありますし、

評論家でも預言者でもないので、私は口にしませんが、個人的に抱負くらい述べておこうかと思います。

人目に触れるところに書いておくと言い訳できなくなるので効果的かと思いますので。

 

【目標1】食べて飲んで寝て運動せずに10kg痩せる。

久しぶりに会う人にはみんなから「太った?」と言われます。

今現在、この人生で最も重い体と鳴っています。最大体重更新中!

熊本に訪れた8年弱前と比較して20kgほど太っています。

食べ物が美味しいのが駄目なんです(そしてもうそんなに時間が経つことに驚愕)。

しかし、食べること、飲むこと、寝ることは幸せの為に必要不可欠なので、

抑えようとは思いません。

そして、運動も余り好きではないので(高校時代は体育祭逃げ回るほどに)、

この一年で食べて飲んで寝て運動せずに10kg痩せる方法を考えて実践したいと思います。

まずはソイプロテインから始めます。

 

【目標2】基本に忠実!早寝早起き!

私は夜更かし大好きで、気づけば深夜の3時とか4時になってることが多いです。

だからもちろん、朝起きれないのですが、いくら22時頃に寝てもおきれないのです。

朝からアラームを5,6回ほどセットしていますが、起きないというか気付いてすらいません。

しかし、全力ダッシュすればギリギリ間に合うくらいの時間帯に目覚めたりします。

おかげで遅刻は少ないのですが、毎朝スリルが満載です。

もちろん、体にも良くないので、早寝早起きを心がけたいと思っています。

【目標3】彼 女 が 欲 し い

大学4年生の2月14日、バレンタインの日に元カノと別れて以降、恋人がいません。

寂しいです。

もう半ばネタと化してきて、クリスマスイヴの夜には街でサンタ狩りに興じて、カップルが絶対いないであろう焼酎バーで過ごすくらい寂しい生活をしています。

このままだと少子化を加速させる原因にもなりかねないほどの勢いなので、恋人が欲しいです。

昨年は会社の先輩が私に恋人を作るためにどうしたらいいか、ノウハウとスケジュールをスライドで作ってくださいましたが、最初のステップが「彼女ができるまで合コンに行き続ける」というものでしたが、昨年どころかこれまでの人生で合コンなんて行ったことありませんし、全くもって実行されませんでした。

あれです。震災の影響で予定が後ろ倒しになっているんです、きっと。

 

 

以上の3つが2017年の目標です。

今思いついて適当に書いたので、明日には忘れているかもしれません。

覚えていたらたまに経過報告しますね。

 

2018年問題が2022年の採用に及ぼす影響

2018年問題というのを、みなさんご存知でしょうか。
これは少子化の影響で2018年から18歳人口が減少すると推計されていて、大学進学者が減り、私立大学では閉校する大学も出てくると言われているのです。
ちゃんとした意味や、詳しい数字もコトバンクに載っているので詳細はそちらへ。

 

大学や、予備校などに取材にいくと、時折この2018年問題が話題になる。

それ以降、生き残りをかけて戦う、大学戦国時代になるわけですから、

やはり、教職員の方々の感度も高いようです。

少子高齢化が進むにいつれ、既存の社会構造も崩れていっています。

 

大学の存続に関しては、きっと統廃合があるんだろうなーくらいに思っていますが、

2018年から大学進学する18歳が減少するということは、

4年後の2022年に大学を卒業する新卒者が減少するということなのです。

今の新卒一括採用が続く中、定期採用している企業にとって、どれほどの打撃があるでしょうか。

特に私の住む熊本を始めとした地方都市では、関東・関西の企業が採用の手を延ばしてくることで、新卒が採れないという状況に陥ります。

すでに、日本全体で人手不足が指摘されており、東京の企業から、熊本の私立大学の教授の元に直接、学生を紹介してくれと声がかかっているとの話も聞きます。

大手ナビサイトが運営する合同説明会においても、私達が就職活動をしていた時には見なかったような大手企業が、わざわざ九州まで足を伸ばしてきています。

 

若者の県外流出というのは、これまで税金を使って育てた人材が、県外で生産活動を行い、納税するということになります。

また、後継者不足による廃業や、世代交代の滞留で、経済活動が鈍化すること、出生率の低下など人口減少が加速することになるでしょう。

仕事はあっても、人がいなくて受けれないという時代になります。

 

これは、地方都市としてはかなりまずいんじゃないでしょうか。

2022年卒の大学生は、(近年の流れですと)2021年から就職活動を始めますから、

それまでに対策を取らなければ、「今年は採れなかったから来年頑張らないとね」とか言ってどうにかなる問題ではありません。

すでに、地方から東京や関東圏に学生を持っていくシステムは(ビジネスとして)成り立っています。

地場企業に話を聞くと、定期採用している多くの企業は、現場の採用担当者が主体となる採用活動をしていますが、与えられている権限がそんなにありません。

印象としては、「多くの学生を集めて選別して優秀な学生を役員面接に連れてくること」が仕事で、その手法は基本的にテンプレート化されています。

そして、企業における採用担当者の査定基準はエントリー数であったり、内定者数であったり、数字に関してのウェイトが大きくどれだけ呼び込んで捕まえるかといったところにあるようです。

採用担当者も今年、翌年程度のスパンの採用に関する動向には非常に高い感度を持っていますが、4年先、5年先の採用市場に向けた具体的な考えはあまりないようです。多くの方は異動されてますし、経営判断が必要な域ですので、当然かもしれませんが。

 

しかし、2021年就活市場が大いに乱れるのは統計上間違いないと思います。

経団連の指針や、全体の流れで多少の影響はあると思いますが、

このままだと地方企業の採用はかなり大変なことになると考えられます。

経営レベルで採用を意識し、地域単位で産官学が共同で望まなければ、

一気に労働人口の減少が進みます。

 

これに関しては個人的に思うところがあり、できることをしていますが、

正直、大手が金と人をつぎ込んで地方の学生を採ろうとしている中、

個人単位、いち企業単位でできることは限られています。

全国の地方都市で課題となると思いますが、問題事態あまり意識されていないのが現状です。

これまで文字にする機会がなかったので、ふとした思いつきで書いてみました。

誰か何か良いアイディアがあれば、聞かせて欲しいです。

あの頃のインターネットはきっとそこに誰かいることだけが価値だった。

インターネットって、昔となんか違うな、っとずっと心の何処かでわだかまっていました。

 

nectaris.hatenablog.com

 

こちらの記事を読んで、なんだかすっとした気がしたのです。

私にとって、インターネットは青春そのものでした(寂しいとか言うな)。

学校にいる友達より、インターネットの向こうにいる顔も名前も知らない人々と話すことがとても楽しくて、自分の居場所はここにあるんだと信じていた。

当時はブログもほとんど普及しておらず、SNSもありませんでしたので、私とその周囲はCGIBOYというフリーCGIサービスが提供していた日記帳を利用していました。そこで好き勝手に文章を書いていた思い出があります。

もう10年以上前のことで、気付けばサービスは終了しており、当時書いた文章は読むこともできないのですが。

今、Twitterでコミュニケーションを取っている中学生や、高校生の感覚と、あの頃チャットやBBS、そしてそういった日記サービスを楽しんでいた私達の感覚はきっと違うんじゃないかなあと、思いつつ、二度とは戻れないあの青春時代時代を回顧し、やるせない気持ちになります。

 

現在のインターネットのあり方も便利ですし、とても価値のあるものだと思います。あの当時より進化しているのは間違いありません。

でも、SEOを意識した文章を書いたり、SNSからの流入を意識した写真を撮って、アナリティクスを解析していて、「あれ、なんか違うな」と違和感をすごく感じてしまうのです。

一体、いつの間に、インターネットはこんなにも退屈になったんだ、と。

 

私がこのブログをはじめたのもそういう思いが強いんです。

別にアクセスがほしいわけじゃない、誰かに読んでもらうことを想定しているけれど、誰かに読んでほしいんじゃないんです。

あの頃、CGIの日記帳に書いてたような、好き勝手思ったことを書きたいな、それでいて、たまに誰かが「それ私も思ってたんだ」って共感してもらえたらいいな、と。

 

きっと、自分の中でもやもやしているものだとか、普段感じてることって、

他の誰かも同じことを感じていたり、考えたりしていて、けれどあえて口にする機会はなくて、

一つの記事、一つの投稿、一つのツイートに『意味』が求められるようになっているような気がするんです。

それって、すごくナンセンスな気がしていて、普段見向きもしない人が、ふと目に入った誰かの言葉を粗探しして、批判することで「間違った事を正すという正義のあり方」に酔いしれるのって、なんだかいびつだなーと思います。

何の気なしに、ため息を吐くように、独り言をこぼすように、なんとなく放った言葉を理論武装で叩き潰すというのは、それこそ意味のない事だと思います。

ツイートなんて、つぶやきですよ。

ひとつひとつに意味を求めてどうするんですか。

 

 

まあ、そんなことを思いつつ、

普段はPVがー!コンバージョンがー!直帰率がー!と言ってる私も中々に滑稽だと思いますが。

 

こんなどうでもいい文章を書きながら、

あの時、チャットで話してみんなは今どこで何してるのかなー。

なんて思い出すくらいで、十分だと思うんです。

そこに誰かいる、それだけで価値だったのに、

それ以上を求め過ぎてしまっているのだなーと。

DeNA問題に見るウェブコンテンツの難しさ

DeNAが運営するキュレーションメディアで根拠のない医療系記事や、著作権法違反の疑惑がある転載などが問題となり、全10サイトが非公開となり、昨日12月8日、南場会長、守安社長らが記者会見を開き謝罪しました。

business.nikkeibp.co.jp

 

前回の記事で言及しましたが、基本的に私はキュレーションメディアの存在事態は非常に有意義だと思っています。

正しく運用され、情報過多のインターネット上で必要な情報を厳選、選別し、発信することは非常に価値があるのです。

yamadanote.hateblo.jp

キュレーションというはのは、ただのリンク集であってはいけません。

必要な情報を求める人のニーズに沿って、理解を促進するようにとりまとめなければなりません。

しかし、記者会見の中でもありましたように、DeNAがキュレーションメディアを運営する中で最重視していたのは「利益」です。

営利企業ですので、もちろん利益をあげることは大事ですが、

基本的にウェブメディアというのはマネタイズが非常に難しいんです。

 

時代は紙からデータに移っていますが、拡散力や発信力はインターネットが遥かに優れていますが、やはり影響力の面では紙に軍配があがるような気がします。

まず、ひとつに記者の能力があります。紙媒体は限られたスペースに必要な情報を飽きさせず書き、その内容自体にお金を出してもらう必要があります。

ウェブメディアの場合は、内容そのものより、いかにアクセスを稼ぎ、広告収入に繋げるかという面にあります。読者は多くの場合、記事を無料で読むことができます。もちろん、全てのウェブメディアがそうではありませんし、記者経験のあるウェブライターも多くいますが、少なくともDeNAが運営していたキュレーションメディアは広告収入で成り立っていましたので、いかにアクセスを稼げる記事になるかという面で戦っていました。

 

 

ライター育成には非常に時間とコストがかかります。

それも、安定的にアクセスの集まる記事を書き、発信できるライターとなるとそう多くはいませんし、個人的なセンスの部分も大きく、引っ張りだこになります。

実際、大手ニュースサイトも紙媒体を持っているところが多いですし、そちらの購読へ誘導しつつ、同時に広告収入を得ているケースが多いです。

しかし、広告の金額も基本的に紙の方が高いんですよね。

DeNAもかつては自作のコンテンツを配信する質の高い医療メディアを運営していたようですが、利益が上がらず閉鎖したようです。

 

需要はあるのに、収益化が難しいという歪なウェブメディアの環境下で、短期間で利益をどう出すか考えた時に、今回のDeNAが問題となっている原因があると思います。

 

読まれるウェブメディアを作るには情報量と、更新頻度が大切ですが、それは多くの記事を書かなければならないということです。

記事を書くためにはしっかりと需要のあるテーマを設定できるような感度と知識が必要です。そして、適切な取材対象を選び、接触していける行動力や人脈、信用。必要な話をしっかり聞き出す取材力。そして面白く、かつ分かりやすく書く文章力。

それらを兼ね備えたライターを量産することはできませんし、少ない人数に大量に書かせることも難しい、プロに外注するのもコスト高。

DeNAのキュレーションは深い知識が無くとも、他者の執筆した記事を引用することで、膨大な記事を量産していました。

結果として、質や信用の低さ、法的な問題が露見して今回の問題が生じたわけです。

 

キュレーションが情報を収集し、選別し、発信するというのであれば、

そこにはしっかりとしたリテラシーが必要です。

本体、読者が自ら身につけるリテラシーを媒体側が肩代わりする必要があるのです。

もちろん、読者も持つ必要がありますが。

(そういえば最近、あんまりリテラシーって言葉聞かなくなった気がします)

 

人間って、もっと便利にもっといい物をと求めてしまい、技術者が次々に答えて、もっっと求めてのループになっている気がします。

その先にあるのは誰かが無理して生み出す供給で、低価格であったり、残業であったりするわけです。そこに成長もあるし、矜持も持てる人たちがプロなんでしょうけど。

実際、メディア業界もその流れに飲まれている気がします。

今回のDeNAの記者会見だって、3時間にも及びましたが最初の30分が経ったくらいから、まだ記者会見の途中だというのにニュースとして様々なニュースサイトで小刻みに配信されていました。

記者会見中にわかったことから記事にして配信していくって、それ以上の速報はありません。大手メディアはそこまでして質の高いコンテンツ、求められる情報発信をしているのです。

他者記事引用で利益を得るビジネスモデルのDeNAのキュレーションサイトとは当事者の意識が大きく違うのがわかります。

 

DeNAの企業体質であるとか、大きな要因はたくさんありますが長くなるのでこの辺で。

もっと面白くて、読み応えのあるウェブメディアが増えたらいいなーというのが私の臨みです。

DeNAパレット、WELQの炎上、非公開処置からキュレーションを考える。

blog.skky.jp

DeNAが運営するヘルスケアのキュレーションメディア「WELQ [ウェルク]」が炎上したことをきっかけに、同社が運営する複数のキュレーションメディアのプラットフォーム「DeNAパレット」が非公開になりました。

今回の問題はDeNAのような大手がウェブ上のあらゆる記事をキュレーション(まとめ)て、他人の書いた記事で収益を得ていたこと。さらには医療系という専門性の高い話題を信憑性の低いまま、発信力の高い大手が発信したことにあると思います。

 

私はキュレーションメディアには価値があると思います。

DeNAパレットの件でキュレーションの印象が悪くなっているけど、必要な情報を厳選して取りまとめて発信してくれることの効率の良さは本当に助かります。

情報過多のインターネット上において、本当に必要とする情報を探すのは手間です。様々な視点にそってまとめてあるキュレーションは情報を選別する工程が省略できるという効果もありますし、熟練のキュレーターは要点のみをつなぎ合わせ、理解しやすいようにまとめてくれるので、全体像を把握するのに非常に役立ちます。

気になれば引用元も見て更に情報を集めようと思いますし、それだけ価値のあるキュレーションはノウハウも重要で簡単にできるものではありません。

残念ながら、DeNAのキュレーションはアクセスを集めるという一点に運用が集中し、本来のそういった効果が期待できなかったのかもしれません。

実際問題として、アフィリエイト目的のくだらないキュレーションが多いのも現状だと思います。

 

情報を収集して発信するということの難しさとかかる労力は、想像以上に大きいものです。

私も紙媒体がメインとはいえ、一介の記者ですから、その苦労を推し量ることはできます。

一つの情報を得たとして、それを記事にするにはライターがその背景や全体像を理解していなければ、読者にしっかりと伝えていくことはできません。

知識や経験がなく、自分自身で取材したわけでもない人間が、"それっぽい”部分を抜き出してまとめても、SEOには強いかもしれませんが、読者にとって価値があるかと言われると、そこまで高い価値は無い気がしますね。

 

かつては、インターネットは不特定多数が匿名で情報を発信できるから、信用性に欠け、ソースとしては不十分だと言われていました。

しかし、インターネット上で公式情報が発信されることが増えたり、信頼出来る発信者が増えたこと、画像や動画などの視覚情報も増え信頼性が増しました。

そしてテレビや新聞などのマスメディアに対する不信感が強まったことで、逆説的にインターネット上の情報の価値が高まってきています。

結果として、「インターネット上の情報は信頼できない」と一概には言えなくなっているわけです。

 

そんな中で、大手であるDeNAが情報として信頼できない発信をした上で、

記事を書いた本人の文章を転載(もちろん、転載であることを明記した上でですが不誠実なやり方で)し、それが反感を買うのも然りだと思います。

 

キュレーションという概念は、他者の発信した情報をまとめるだけにとどまらず、

必要な情報を自前で収集し、発信することも含まれます。

しっかり、テーマを設定し、必要な情報を発信するためのキュレーションが増えてくれるとうれしいですね。

その点で言えば、運用こそ難しく出来てませんでしたが、DeNAパレットの構想は間違っていなかったのではないかと思います。

ブラック企業を生むブラック消費者とは?

東洋経済オンラインに次のような記事が掲載されていました。

ブラック企業が増える理由は、過剰なサービスや利便性を求める「ブラック消費者」にも問題がある」といった内容です。

toyokeizai.net

これは大学時代から感じていました。特に強く意識するようになったのは、

フリーター時代に居酒屋とコンビニでアルバイトをしていた時ですね。

日本は便利になりすぎて、サービスを受けられることが当たり前になっているような気がします。

よく、モンスタークレーマーと呼ばれるクレーマーがいると各種メディアで取り上げられますが、本当に驚くほどに一方的で理不尽な要求をさも当然のように突きつけてくる方も少なくありません。

仕事をする以上プロフェッショナルに徹しなければならないと指導するサービス業もあると思います。

「仕事だから当然」「仕事だから仕方ない」日本人はいつの間にか「仕事だから」で全てを許せてしまえるようになってしまい、少しずつ少しずつ摩耗しているように思います。

その上で、現在の過剰なサービス体系が出来上がっているんですよね。

これはきっとサービスのデフレも進んでいるんでしょう。

 

「みんなが休んでる時に働けば儲かる」理論

コンビニの年中無休24時間営業が顕著な例ですが、他のお店が営業していない時間帯に営業することで、その時間帯のニーズを総取りできるわけですし、顧客化できれば他の時間帯での売上にも繋がります。

コンビニはかなり合理的な経営をしていると思います。理屈的に売上も利益率も高まるようなビジネスモデルです。そこでは人も数字でしかありません。

結局、固定客が流れるのを防ぐために、追随して営業時間を延ばしたり、定休日を無くしたりするお店が増え、増えたコスト分を削減するために人件費が削られるという悪循環ですよね。

「みんなが休んでいる時に働けば儲かる」というのは経営的には実に当たり前の理論ですが、経済的に見ると労働者の疲弊や所得減少を招き、緩やかに衰退させてしまうような気がします。

 

「ニーズを満たす」≠「わがままをきく」

消費者のニーズを満たすことが利益を生み出すことに繋がるのですが、

潜在的なニーズに対して能動的に対処することが肝心です。

その場その場で「これやって」「あれやって」と言われ受動的に対処することは、

確かにニーズを満たすことには繋がりますが、限度があります。

例えば飲食店で「この料理が作れるならオムライスも作れるよね?」と注文されたとします。

確かに材料的には揃っているかもしれませんが、仕込みもしてないような状況でそのようなオーダーを受けると厨房の負担は大きいです。忙しい時間帯だとなおさらですよね。暇な時間帯なら好意で作ってくれるシェフもいますが、それが当たり前になり、どんなときでも要求してしまうのはナンセンスです。

 

居酒屋で閉店時間を過ぎても長々と居座るのは、従業員の労働時間を延ばしその人のプライベートの時間までも削ってしまう行為です。さらにはラストオーダーが終わっていればそれ以降売上も増えないわけで、人件費だけがかかりますよね。ブラック消費者がブラック企業を生んでいる構造です。

良いお店、良いサービスを利用しようと思うのであれば、自身も「良い消費者」であることを心がけねばなりません。

 

蛇足ではありますが、接客業の経験をして感じたことは、お客様から理不尽な要望やお叱りを受けた際、平謝りし、場合によっては要望にお答えするほうが時間が短縮されることがあります。仕事が終わらなければ残業になるわけですから、少しでも早く解決しようと思うと、仕方のないことかもしれません。

もちろん、誠心誠意、懇切丁寧な接客を続けていると結果に繋がります。しかし、それは強制されてするものではなく、やはり自発的なものでなければなりません。

ホスピタリティ、おもてなし、というのは精神性の話であり、マニュアル化されて行使されるもんじゃないないですよね。