やまだのーと。

山田の感じたこと、知ったこと、気付いたことのメモ書き。

豚は力強く走り回る生き物だった

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先日、取材で菊池のやまあい村さんにお伺いして、放牧している「走る豚」を見てきました。

写真でわかるように、マジで走ってました。

時速30kmくらいで走るそうです。私より早い。

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豚さんがわんさかいました。豚舎以外で豚さんを見たのは初めてでした。

すごく可愛いかったです。こいつらのかわいいところは、すごく人懐っこいんです。

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こんな風に電気柵のギリギリまで寄って来るんですよ。

豚はかわいい生き物でした。お友達になりました。

 

それで、帰りに豚肉を貰ったんですけど、すごく美味しかったです。

冷凍で貰ったんですけど、本当に冷凍なのか疑わしい美味しさ。

私は普段、鶏むね肉を買うことが多いです。だって、安いから。

豚肉を買う時は、100g100円以下の細切れ肉しか買いません。

だって、安いから。

 

私達にとって、お肉はパック詰めされてスーパーに売ってある美味しいやつです。

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でも、本当は、ちゃんと生きていて、走っていました。

すごく可愛くて、元気一杯で、走っていました。

私達が普段口にするお肉の多くは効率化のために狭い畜舎にすし詰めにされて育てられています。

ですが、本来は自然の中で走り回る生き物なのです。

きっと、全ての豚を自然の中で育てていたら、私達の食卓に豚肉が並ぶことはありません。

たまにしか食べることのできない、貴重の食べ物になっていたはずです。

だから、効率重視の養豚を批判することはできません。

かわいそうだとかなんだ言いながら、自然を走り回る豚だって、

私たちはいずれ殺め食べてしまうのですから。

食べ物の生きている姿を目にすることは普段、あまりありません。

いつだって私たちはいのちを食べて生きている。

いつかちゃんと、向き合う機会をつくらなければいけないなーと思いました。

移住促進なんてやめてしまおう。

地方の人口減少が課題となる中、地域活性化で解決策の1つとして取り上げられるのが「移住政策」だ。

自分たちの住む地域の外から移り住んでもらうことで、人口を増やそうという考え方です。

特に田舎で多いのが「自然の中で暮らそう」というキャッチフレーズだ。1万回くらい聞きました。

待っているのは人の奪い合い

単純な話、日本全体で人口が減少しているなかで、地方同士で人の奪い合いをしたところで、成果以上に疲弊する可能性の方が高いです。だってそうでしょう。日本全体で国として止めることができていない人口減少を、いち地方の力で解決するのは決して容易いことではありません。

そこに予算をつぎ込んで社会増が実現したとしても、実は反対側で社会減が進んでいることもしばしば。

人を呼び込む政策ばかり推進して、人の定着には目を向けない。そういった傾向が強い地域も少なくないように思います。

地域全体でみると結果として人もお金も減っているんですよね。

その地域の魅力ってなんだ

熊本にきてから、よくまちづくり関係のワークショップに参加するのですが、

「このまちの魅力を考えよう」というお題がよくあります。

そして、出て来る答えはほとんどのワークショップで一緒です。

  • 水がきれい
  • 自然が近い
  • 人が良い
  • 食べ物が美味しい
  • 熊本城
  • 阿蘇や天草(山も海もある)
  • 商店街が賑やか
  • 都会過ぎず田舎過ぎず

こんな感じでしょうか。

お前ら他になんかないのかよ。

しかも、これ私の出身地である長崎でも似たような答えが出るんですよ。

熊本城はグラバー園とか原爆資料館に置き換わったりしますし、

天草が島原に変わったりしますが、まあ大体一緒です。

きっと、他の地方都市も同じようなことを言っている気がします。

それも曖昧すぎて、イメージできない。

私が縁も所縁もない他県からそれを理由に呼ばれたとしてもまったくいこうと思いません。

例えば、

群馬県は水が綺麗で自然豊かで食べ物が美味しくて歴史と文化もあって人も親切で、それでいて不便しない程度に発展した街もあるよ!ぜひ移住してね!」

と言われたとしましょう。

群馬県にしたのには特に理由はありません。グンマーとか言ってません。……言ってません)

絶対にいきません。

同じことをしてるんですよ、どこの地方都市も。

他に魅力ないんですか。そんな他の都市にも当てはまっちゃうような曖昧で抽象的な理由で、人を呼び込もうたってそうやすやすとはいきません。

人がどんな理由で住む場所を選ぶのか。

それをしっかり意識した上で考えなければなりません。

正しい移住政策とは

人がなぜその土地に住むのか、やはり多いのは生まれ育った土地だからでしょう。

それ以外を見ると、職や生き方に関してこだわりのある人だと思います。

熊本県でみると、学生から「熊本で働きたいけど、やりたい仕事が熊本にない」という声を聞くことが多いです。

すると「最初からやりたい仕事できると思うなよ!」という声が大人のみなさんから聞かれますが、仰る通りなのですが、そもそもずっとその会社にいたところで、やりたいことができるわけじゃないということに学生は気づいています。

だって、魅力的な事業をしている企業がないんだもの。

あったとしても、学生に伝わらないし、そもそも新卒採用してないですし。

結局、外に出ていくのは、そこにいる人達に憧れることができないか、接する機会がないこと、

そして、外にいる人達に対しての憧れの方が強いことが要因ではないでしょうか。

だったら、憧れる街にしたら良い。

夢を叶えることができる街にしたら良い。

例えば、起業しやすい環境を作って、実例をどんどん発信したり、

パラレルキャリアの導入を促進して、しっかりやりたいことやってる大人を増やして、

そういう人たちと接する機会を多く設けたり、

あとは稼ぎやすさとか、生活の安定とかをもっと具体的に。

ずっと言っていることですが、

「生活コストが安いから所得が低くても暮らせるまち」

をアピールするのではなく、

「楽しく暮らして所得も高いまち」

をアピールできた方が良いに決まってるじゃないですか。

なんか、今あるものを無理やり魅力として仕立て上げている感じが凄いです。

なければ作っていけば良いんですよ、魅力なんて。

そうすれば、無理にプロモーションビデオとか作らなくても、

自然と人が集まってくるんです。

住みやすい環境に自然と人が集まってできたのが都市なわけで、

そういう根源的な部分に立ち返って作り直すのが、

究極的に移住の促進になると思います。

ロンドン大規模火災が日本のツイッターでトレンド入りする理由

ロンドンで発生した高層マンションの火災。

ツイッターでトレンド入りしていたので、知りました。

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6月14日の18時ごろのスクショです。

もちろん、大規模な火災なので話題にも上がってもおかしくないのですが、

なぜ、英国での火災が日本でもここまで関心を持たれるのか、

もちろん、マスメディアの力もありますが、それには大きな理由があると想像します。

日本にも高層マンションが多いから

現在、日本でもタワーマンションと呼ばれる高層マンションが次々に建設されています。

人口集中による縦型の住居拡張が進められていることや、

マンション需要の高騰により、建てれば建てただけ売れるからです。

利便性の高い地区に住みたいというニーズが多く、マンションというスタイルが合った世の中になっています。

それは都市部に行けば行くほど顕著な傾向です。

だからこそ、日本でも高層マンションに住む人は多く、

「もし、自分の住むマンションで火災が発生したら?」

と考えてしまうわけです。

高層マンションはたいてい人口密集地にあるので、もし倒壊しようもんなら未曾有の大災害となるわけです。

「となりのマンションが燃えてうちのマンションに向かって倒れてきたら!」

そういう想像をしてしまうと、他人事に思えないのではないでしょうか。

きゅうりを味噌と砂糖で食べるように。

最近、仕事で農家を取材に回っています。

農家に取材に出向くと野菜をいただくことがすごく多いです。

新鮮な野菜は大好きなので、とても、とてもうれしいのですが、

一人暮らしだとちょっと持て余しちゃいそうな量があります。

最近、他にもなにかと野菜をいただく機会が多いので、

トマト、とうもろこし、ジャガイモ、ほうれん草、レタス、ベビーリーフなど、

買ってもいないのにたくさんの野菜が自宅にあふれています。

とくに一番消費に困っているのが、

 

きゅうりです。

 

私も一人暮らしを始めてはや9年目。

冷蔵庫の中できゅうりがご臨終されていた。

そんな夏を何度も繰り返してきました。

自炊する暇がなくて、冷蔵庫の野菜室もなかなか開けなくなって、

たまに開いてみて、眉間にしわを寄せながら、食べ物を無駄にしてしまった罪悪感で胸が苦しくなってしまうことも1度や2度の経験ではないのです。

山田家の冷蔵庫には賞味期限が切れてない食べ物の方が少ない。

(※火を通せばしばらくの間は食べれると思っている)

しかし、きゅうりはダメです。

トマトはソースにして冷凍もできます(1カ月前に作ったのが未だに冷凍庫に)。

ほうれん草も茹でて冷凍すればいいし(3週間前に茹でたのが未だに冷凍庫に)。

ジャガイモは新聞にくるんで野菜室で(貯まっていって気付いたらすごい量に)。

それぞれ保存さえしっかりしていればいいのですが、

きゅうりは、あの緑色は、なかなか保存しにくいのです。

昔、きゅうりをジャムにしたことがあるのですが、

なんというか、試行錯誤したら美味しくなりそうな気がしないでもない味でした。

トマトジャムはそれなりに美味しかったです。

しかし、なにからなにまでジャムにしてしまうのは男子力に欠けると思いました。

 

そこで、なにかきゅうりを大量消費できる男らしい食べ方がないかと、

必死に考えました。

 

そう、ここであれです。

お察しの通り、きゅうりを味噌と砂糖であえて食べたのです。

これはばらかもんというアニメで書道家の主人公と隣家に済む男子高校生が食べていたズボラ飯です。

長崎県出身の私が、長崎弁を聞いて故郷長崎を思い出すためのアニメなのですが、

長崎弁は心の原風景として覚えていても、

きゅうりを味噌と砂糖で和えた何かなんて記憶にございませんでした。

きゅうりを薄く切って、ボウルの中で砂糖と味噌で和えてご飯に乗せるだけ。

まさかの1行クッキングです。

めちゃうまでした。

ご飯3杯食べました。

 

 

 

さて、長くなりましたが前置きはここまでにして(ちょうど1000字ありました)、

私は大学で4年、社会人(ニート、フリーター含む)で4年の計8年間熊本に住み、

今では熊本を良くしたいという一心のもと、この街を面白く愉快に楽しくしようと日々頑張っているつもりです。

私は長崎県出身なので、熊本には本来、縁も所縁もないのですが、住んでしまって、この街やそこに住んでいる人たちが好きになってしまったのだから仕方ないです。

なんとなく「こうすれば良くなるのになあ」って気持ちから始めて、些細な事でさえ思いの外難しくて、周りが超人にしか見えなくなりつつも、得たものはあります。

これ、既存の仕組みのままじゃ駄目だ。

ということです。既存の仕組みの上で、一生懸命なにかやろうとしても難しいんです。そもそも、うまく回らなくなっている仕組みですから。

だから、世の中を変えるにはある程度仕組みから替えていかなければなりません。

その仕組みがなかなか思いつかないんですが、あと一歩な感じなんですよね。

変なところでくっつきそうなきがします。

きゅうりを味噌と砂糖で食べるように、きっと質素な感じのものが混ざって美味しくなる気がするんですよ。

 

相変わらず、わけのわからないことを書きなぐっております。

 

 

いつかちゃんと考えをまとめてリライトする予定です!

地方のインターネットがなぜ盛り上がらないのか。

オモコロでセブ山氏がとてもいい記事を書いていたのでご紹介します。

omocoro.jp

「インターネットは地方にもあるのか?」

「地方のインターネットを盛り上げる~ボクとキミを繋ぐイト~」をミッションの1つに掲げる私からすると、なんともまあ憤りを感じるタイトルですが、

正直、オフライン社会だけでなく、ネット社会においても東京一曲集中型になりつつ有るのは大きな課題です。そりゃだって東京の方が人口も情報も多いのだから仕方ないよね!

私たち地方に住む人間からしてみると、

「東京の情報ばかりで、地域の情報は少ないなー」と感じるばかりですが、

逆に東京にいる人々からしてみると、

「インターネットって地方にもあるのか?」という疑問に繋がるのでしょう。

そこで、セブ山氏は大阪(梅田)、福岡(天神)という地方都市で調査されたわけです。詳しくはリンク先の記事でどうぞ。

熊本市在住の私にとっては梅田も天神も都会なんですけど、まあそこは仕方ない。

 

インターネットの市場規模

この記事の面白いのは2ページ目からのインターネットと消費行動についてのお話。

インターネットがそこに住む人たちの消費行動と結びついていない

 もう本当これ。

私はローカルメディア育成を目標の1つとしている中で課題としてぶち当たるのが、

 

そもそも地方はネットで情報収集する習慣のある人が少ない」ということ。

 

これです!

例えば熊本にも複数のウェブメディアがあります。

 

yamadanote.hateblo.jp

 最近では熊本DMCが始めた「おるとくまもと」なんかも話題ですね。

(※これは観光目的で県外からのアクセスを目的としていますが)

これらのウェブメディア、口頭で話題に上げると知っている人間ってあまり多くないんですよね。

最もアクセスが多いであろう肥後ジャーナルさんでさえ、そこまで周知されていない気がします(りようさんごめん)。

特に私と同世代である20代での認知度というのは他のメディアも含めてそこまで高くないのが現状です。

地域柄、やはり紙媒体の方が影響力は強いのかなと思います(どや)。

鶏が先か、卵が先かみたいな話になってしまいますが、

 

ウェブで情報収集する人が少ないので経済効果が生まれない。

経済効果が生まれないので、コストをかけて掲載する企業が少ない。

掲載されている情報が少ないから、わざわざネットで調べない。

 

そんな悪いサイクルが起きている気がするんですよね。

だからこそ、私はローカルウェブメディアの価値を向上させ、

ローカルウェブメディアを見る人を増やし

ローカル記事に経済価値を生み出したいと思っています。

 

もちろん、それは簡単なことではありません。

ローカルウェブメディアが育ちにくい環境には3つの理由があると考えています。

 

ローカルウェブメディアが育たない3つの理由

1.マネタイズが難しい

ぶっちゃけて言えば、ローカルメディアはマネタイズが難しいです。

地域の情報を、地域住民に向けて発信しているので、広告獲得の難易度が高いんです。

それこそ、地方ではウェブメディアの価値が十分に理解されていませんし、そこに対して広告予算をさく企業は少ないです。

だからこそ、副業や片手間でやってる人が多いのですが、しっかりとしたメディア運営は専業でやらないと難しいです。こたつ記事ばっかりは駄目、ゼッタイ。

かと言って、専業で出来るくらい営業かけに行くと記事が書けないというジレンマ。

アドセンスだけでは安定するのに時間もかかりますし、資本力が無いと難しいんです。

 

2.ライターが少ない

これは全国的な傾向かもしれませんが、ライターが非常に少ないです。

そもそも、ブログとウェブメディアの違いを理解している人が少ない。

テーマ設定からブログでやれ!となることもありますし、

取材力がある人も少ないように感じます。

熊本ではライター経験を詰める環境も少ないですし、独学で頑張るしかないのですが、

専業で飯が食えるライターなんて、全体で見ても少ないので、

1つめのマネタイズの難しさと合わせるとかなり厳しい状況が見えてきます。

 

3.そもそもネタがない

一番はこれ。

本業の紙媒体でもネタが無くてひーひー言ってます。

福岡にある姉妹誌を見ると、同じテーマ設定で取材件数に数倍の差があったり、

部品点数の数が違うんですよね。熊本と福岡の比較でそれです。

東京などの関東圏と比べると雲泥の差でしょう。

かつて虚構と言われたインターネットは今や現実の延長線にあります。

現実社会の賑わいがインターネットの賑わいに比例するのは仕方ないです。

経済活動も、人の動きも活発な地域ほどネタが生まれます。

質も、数も大違いです。

何書こう…。ねえ、なんか無い?…。…ネタ、…ネタ、…ネタァ…。

そうなっていくうちに、地方ライターは疲弊し、ローカルウェブメディアは廃れていくのです。

 

まとめ

 

そんな感じで、本当に地方は何やっても東京ほどお金にならないんです。

そりゃ人間もものも一極集中しているわけですから、難しいですよね。

よっぽど根性ある人間か、腹くくらなきゃできっこありません。

 

というか、紙媒体とウェブ媒体じゃそもそも文章につく金額違うんすよ。

紙媒体はお金を出して買う人の方が多いけど、

ウェブ媒体は無料がデフォルトですからね。しかもコピペ・引用・超簡単!

 

それでも、私はもう少し地方で頑張っていこうと思っていますが。

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諸君、私はお金が好きだ。

世の中金だ。最近本当にそう思う。
私はお金が好きだ。私はお金が好きだ。私はお金が大好きだ。
もしも、お金が好きでは無いと、それどころか嫌いだという人がいるのなら名乗り出て欲しい。あなたが拒絶したお金を、嫌いだと豪語したお金を、その全てを貰い受けよう。
さすがにそれはできないと言うだろう。お金が無いと生活ができないのだから。ならば、生活に必要最低限なお金を残して、残ったすべてを私に手渡してくれればいい。そのくらい譲歩できるくらいに私は寛容だ。
このような話をすると「お金では買えないものがある」と胸をはって宣言する人が現れる。しかしそれは某テレビCMで「お金で買えない価値がある」とクレジットカード会社が堂々と言い張るくらい矛盾した理屈だ。
信用はお金じゃ買えない!というが、お金があるということはそれだけで信用なのだ。信用情報というのも金の支払いによるものだ。逆に言えば信用があるからこそ、その人の元にお金が集まるのだ。そして、お金がない人間というのは、お金を持っている人間以上に信用出来ないだろう。100万円の借金がある人に「電気代払えないからお金貸して、お金ができたら返すから」と言われても信用できないだろう。逆に高級車に乗っている資産家から「え?このお店カード使えないの?ブラックカードだよ?現金持ち歩かない派なんだけど。すまない、悪いけど立て替えてもらえないかな?明日にでも君の口座に振り込ませるから」と言われると安心どころか、もしかしたら翌日には多めに振り込まれてるのでは無いかと期待感さえある。つまり、お金は信用と直結するのだ。
例えば経験。お金がなければできない経験もたくさんある。お金がなければホテルのスイートルームに宿泊する経験も、ディズニーランドを貸し切る経験だってできない。貧しい経験も大事だというのなら、期間限定で使用するお金を制限して感じることができるだろう。しかし逆はできない。
時間、というがこれも移動に鈍行列車でなく新幹線を使えばそれだけ浮いた時間ができる。家政婦を雇えば家事に使う時間を有意義に使える。自分がする必要の無い作業を金で雇った人間にさせることで、時間は作れるのだ。
家族?恋人?僕年収1億円でーすと源泉徴収票でもTwitterに載せればたくさんオファーが来ると思います。
健康?毎日スーパーの半額弁当を食べている人よりも、栄養士が無添加無農薬の食材を調理したものを食べている人の方が不健康であるはずがない。
幸福?電気が停まって暗い部屋の中で「最低限の文化的な生活ってなんだろう」と考えながら過ごす貧困生活を送ることは幸福だろうか。不自由することなく生活できることは幸福だろう。

お金がないということは、それだけ心が腐っていく。喫茶店で友人と会うだけで500円無くなる。これさえ払うことに戸惑いを感じている時点で友人と会うことに500円の価値もないと感じているのだ。その友達が困っている時に、さて救いの手を差し伸べることができるだろうか。
「金持ちは性格が悪いヤツが多い!」という人がいるが、個人的には貧乏人の方が性格が悪いヤツが多いと感じる。金持ちには人格者が多い。もちろん全てに当てはまるわけではないが、そのセリフは貧乏人の負け犬の遠吠えであろう。
清貧さを求めるのであれば仏門に入ればいい。うちの近所のお寺の和尚はレクサスに乗っているがそれは少数派だと信じたい。清貧とは私欲を捨ててこそ成り立つ貧しさであり、俗世にいてはそれは成立し難いと言えよう。

さて、だいぶ無駄な話をしてしまったが、ここでもう一度言おう。
私はお金が好きだ。
福沢諭吉が好きだ。ベンジャミン・フランクリンが好きだ。エリザベス女王が好きだ。アムールスキー伯が好きだ。ありとあらゆるお金が好きだ。
株も好きだ。不動産も好きだ。お金に繋ががるありとあらゆる資産が好きだ。

宝くじに当たりでもしない限り、お金はその人の努力の証だ。才能の証だ。信用の証だ。繋がりの証だ。ありとあらゆる結果としてお金が集まるのだ。
人並み以上に働くからお金が集まるのだ。人並み以上に賢いからお金が集まるのだ。
懸命で、聡明で、清明であるからして、そこに価値が生まれ、お金となるのだ。
私はお金が欲しい。お金があればすぐにでも成したいことが数え切れないほどある。そして、このままではそれらを成せぬまま人生を終えてしまうのだ。お金があっても成せぬことが、金なくして成せるとおは思えない。
金に執着する人間は、金の先がないのだ。
金はあくまで価値の指標だ。その指標に執着するようであれば、その価値は無に帰すだろう。活かしたいのだ、金を。
金で得て、学んで、そして救いたい。
それができるのが金なのだ。

だから、私はお金が好きだ。

 

 

 

さて、ここで問題です。

記事本文中に「金」という文字は一体いくつ入っているでしょう。

1.36

2.48

3.52

COCOSAの抱える課題

COCOSAがオープンし、下通りの賑わいがすこし増している気がします。

個人的にはその賑わいがいつまで継続できるか、というところが課題かと思います。

もちろん、私以外にもそういう提言をしている人はたくさんいますが…。

 

当初、COCOSAでは30~40代の女性をメインターゲットにテナントを誘致すると発表していました。

しかし、蓋を開けてみると20代女性に人気のあるテナントが多いな、というのは多くの人が感じているところでしょう。

この原因は、先に控える桜町再開発でできる商業施設も「30~40代女性」をターゲットにすると公表していることが影響しているのではないかと推測できます。

交通インフラやその他多くの施設と併設し、立地・規模も熊本で最も優れる施設が建設中であるため、大手はそちらへの出店を希望しているのではないでしょうか。

桜町再開発に関しては肥後ジャーナルさんにわかりやすく掲載してありましたので、参考までに。

higojournal.com

雑誌にはできないことを平然とやってのけるそこに(以下略)

もちろん、COCOSAにはCOCOSAの魅力があります。九州初、熊本初の店舗が多く出店し、品揃えもこれまで中心商店街になかったものであふれています。

集客力という点では、以前のダイエーより強いんじゃないかな、と個人的に思います。

では、なぜ賑わいの継続を疑問視するのか。

それは、価格帯です。

確かに20代の好きそうなお店が多く、集客力はあるかもしれません。

しかし、入居テナントの商品を熊本県内の女性が日常的に購入できるかといえば疑問視せざるを得ません。

悲しい話、熊本の20代女性の年収は約278万円(厚生労働省発表の「賃金構造基本統計調査」をもとに算出。2016年)

 

さて、その収入で、消費に向くお金がどれくらいあるでしょうか。

これでも、他県の商業施設よりリーズナブルなテナントが揃っているなという印象です。

たとえば、COCOSAの入る下通NSビルには他にコールセンターなども入っていますが、そこで働く20代女性がどれほどCOCOSAで買い物ができるでしょうか。

(コールセンターは人件費が安いという理由で地方に作る傾向にあるので、仕方ないとは思いますが)

桜町、熊本駅熊本市中心部への商業集積が進む中、今後どれだけ集客できるか、客層に対応した品揃えができるか、催事ができるかが鍵じゃないでしょうか。

所得が低いとはいえ、実家暮らし率も高い(気がする)ので、生活コストもそんなに高くないと考えれば想定より客足は継続するかもしれませんし、今後商店街と連携した人の流れの構築ができれば、下通りの新しいシンボルとして輝いていくのかもしれません。

 

熊本県の課題として、

若者の人口流出があります。これは単純に所得の低さと企業の魅力にあります。

これはまた別の機会に書ければと思いますが、そういった課題を県全体で解決しなければ、若年層向けの店舗経営は大きな壁にぶつかることになります。

逆に若者をつなぎとめる要因として、COCOSAが一役買ってくれるとうれしいですね!